第一次世界大戦中、日本とドイツは敵対国として中国で戦っておりました。その中国で日本軍の俘虜(捕虜)となったドイツ人たちは日本につれてこられ、あちこちの収容所に入れられました。そのうちの一つが徳島県鳴門市板東にありました。この物語はその板東で最初に第九が演奏された史実に基づいて作られました。 ここで使われている絵画のほとんどは、この収容所のあった板東小学校の子どもたちが描いたもので、残りの数点はカナダ人画家ネイサン・バートレイが描いたものです。このホームページは、1995年のクリスマス・イブに世界中の子どもたちへのクリスマス・プレゼントとして発表されたものです。
80年前、第一次世界大戦中、ドイツと日本は敵でした。中国で
戦っていたのです。この物語は、当時のドイツ人青年と日本人青年
のお話です。それぞれ、自分の国はたがいに戦っていましたが、
が、音楽は二人の友情を育てたのです。

この心あたたまるお話を、世界中の平和を愛する全ての子供た
ちに捧げます。そしてインターネットが世界の平和をもたらすこと
を祈ります。
「さあ降りろ。」ここは日本のある収容施設の前です。日本軍の兵隊につれて
こられた一人のドイツ兵が車から降ろされました。兵士の名前はジョージと
いいました。オーケストラの指揮者を目指して勉強していましたが、戦争に
なり、中国で戦っていました。そこを日本軍に捕らえられたのです。
「さっさと入らんか。」日本兵は偉そうに言いました。「はい、わかりましたよ。」
ジョージは、仕方なく答えました。「何だ、その態度は...」と日本兵が殴り
かかろうとしました。ちょうどそこへ一人の日本の青年が通りかかりました。
「おやおや、物騒ですね兵隊さん。この施設で暴力は厳禁ですよ。」
青年がそういうと、兵隊は姿勢を正して答えました。
「失礼しました。しかし...」
「では、中にご案内しましょう。」とその青年はジョージを中へ案内し
ました。青年の名前はケンジといいました。 「もう安心して下さい。
私はここの通訳兼世話役です。」とケンジは笑顔で答えました。
「ありがとうございました。おかげで殴られずにすみました。私の名前はジョージで
す」と言いました。
「ここは板東俘虜収容所と言います。」とケンジは歩きながら施設の案内を始め
ました。
「あれは何ですか?」と日本では見かけない西洋風の建物を指さして聞きました。
「あれはボウリング場です。」ジョージは一瞬自分の目を疑いました。
「俘虜収容所にボウリング場があるなんて...」
「誰がボウリングをするんですか?」けげんそうにジョージは聞きました。
「俘虜のみなさんが遊ぶんですよ。時には我々日本人も一緒にね。」
ジョージは信じられませんでした。
   
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